会話や建築、アートや物語に「余白」や「間」があればこそ、自然なコミュニケーションが生まれ、語りすぎないことで感情を動かす空間やストーリーが生まれるのかも知れない。

そう考えると、机上で計算し尽くされた空間は、どんなに完璧だったとしても、時として情感の入り込む隙を奪い、息苦しささえ感じさせ、心地良さとは乖離してしまうだろう。

今日の主役は、上質なクリエーションを完成させるための「余白」の使い手。おそらく世界トップレベルの。

クリエーションの源流

世界有数の旅行専門誌『Travel + Leisure』が毎年発表する読者投票型アワード「World’s Best Awards 2026」において、World’s Best Hotel(世界ベストホテル第1位)とNo.1 Best Hotel in Asia(アジアベストホテル第1位)を獲得した「パティーナ大阪」。開業から1年の日本のホテルでは快挙だ。

ウェルネスと先進ヘルステクノロジーを融合させた都会のサンクチュアリをテーマとするこのホテルの、内装デザインを手がけたのが、日本のインテリアデザイン事務所STRICKLAND(ストリックランド)だ。世界的なラグジュアリーホテルや高級飲食店の空間デザインを得意としており、国内外で高く評価されている。

主宰しているのは、インテリアデザイナーの赤尾 洋平氏である。 武蔵野美術大学を卒業後、日本を代表する空間デザイン事務所「スーパーポテト」でチーフデザイナーを務め、数々の海外プロジェクトを経験したのち、2011年に独立し「STRICKLAND」を設立した。

そんな空間デザインの最前線を走る赤尾氏のルーツは、父親が休日に描いていた水彩画にある。

「親父の真似をして絵を描いていたからか、小学生の頃から絵画展で賞をもらったりして、少しは自信があったんですよ。それで大学受験を前に美大という進路を思いついて、武蔵野美術大学を受験したんです」。

武蔵野美術大学で空間デザインを専攻し、スーパーポテトの杉本貴志氏のゼミで学んだ。しかし、卒業後にまず関わったのはホテルやレストランではなく、博物館や文化施設などのアカデミックな領域だった。

「クライアントが大手企業や行政、県などでしたので、『コンセプトを作って、どう納得していただくか』ということが重要でした。インテリア領域だとすぐに『この表現がいい』とか『模様や色がどう』といった話になりがちですが、その前段階の考え方をしっかり学べたことが、今の仕事のベースになっています」。

土地の記憶を翻訳する

建築はポストモダンの時代など、場所の特性や地域性があまり見えてこない時代も長くあった。しかし現在、外資系ホテルが日本に建つ際にも「その土地らしさ」が強く求められていると言う。

「今でも『かっこよければいいじゃないか』というムードは当然あるし、都内を見ても日本的じゃないホテルはたくさんできています。ホテル自体が西洋から来ているものなので西洋っぽくなることが多い中で、最近は『東京らしさ』『その場らしさ』みたいなものが求められています」。

それは単に和風のアートワークを飾るような表層的なデザインではなく、より深く感覚や身体に訴えかけるアプローチが必要となる。

空間に足を踏み入れた瞬間、光と影の表情や建築的な素材感を通じて、ゲストに「日本」を五感で感じ取ってもらいたい。その場所にあるべき唯一無二の文脈を見つけ出し、物語を空間へと翻訳していく。赤尾氏は常にそのことを意識してデザインに向き合っている。
この作業に正解はない。だからこそ、思考を重ねた末のコンセプトの「言語化」が要(かなめ)となる。思考の櫂を漕ぎ続けた先で、ふっと降りてくる言葉を掻き寄せるのだ。

赤尾氏の審美眼でコレクションされた骨董の傍らに、RitzwellのMT BENCH。カラーのトーンも揃えて

パティーナ大阪のプロジェクトでは、敷地周辺が日本最古の都市とされる難波宮の跡地でありながら、遺構が土の中にしか残っていない場所だった。

「だからパティーナでは、まず『土』を使おうと決めました。1階などの低層階に難波宮の土の感じを壁に使い、中間層では大阪城の建築的要素、梁や柱の構造を取り込みました」。

さらにドラマは上層階へと続く。20階のトップラウンジに上がると、真正面に大阪城を一望でき、天井には銅に見立てた斜めの大屋根をかけた。スイートルームの和紙アートも、大阪城の石垣を型取ったものだ。このようにしてホテル一棟に土地の記憶をダイレクトに編み込んでいった。

静けさを宿すアーバンスイートには、張り地、レザーをコーディネートしたBEATRIX high-back easy chair(写真:PATINA OSAKA)

哀愁は余白に

「綿密なリサーチから導き出されたストーリーを、あえて説明しすぎないことで、ゲストの深い感動へと繋がっていくのだと思っています。空間が静かに語りかけるような体験を提供したい」。

この「物語を体験として感じてもらう」というアプローチは、Ritzwellが家具づくりにおいて大切にしているフィロソフィーと深く共鳴している。

「Ritzwell代表の宮本晋作さんとは何度か食事をしていますが、彼の柔らかいパーソナリティや強いこだわりが、家具の佇まいにそのまま滲み出ていると感じます。ファッションデザイナーの山本耀司さんの言葉に『洋服は後ろ姿が大事だ。服は後ろから作れ』というのがあります。宮本さんがデザインする家具にも全く同じものを感じます。決して派手な力強さじゃなく、ちょっとした哀愁です。こだわり尽くしているからこそ滲み出てくるものだと思います」。

家具も空間も、完璧すぎると面白みを失ってしまう。赤尾氏は空間を作る際に設計図ありきでガチガチに作り込まず、方向性は明確にしながらも、多少の余白を残すようにしていると言う。

「最後に人間の存在がその余白を彩る。どんなに美しいホテルを作っても、誰も来なかったら意味がない。人間が介在し、使われることで初めて空間も家具も完成し、経年変化によって魅力が増していくと思います。施工中のさらなる”余白”の検討は、押し迫った現場の職人さんを不安にしてしまう時もあるけれど(笑)、そのこだわりを失ったら僕らのクリエーションではないと思うのです」。

日本的な美意識は、移ろいゆく儚さも愛でる。身体的・精神的な影響を及ぼす家具には、「思わず触れたくなる、座りたくなる」情感を備えるべきだと赤尾氏は言う。人間味があって、試行錯誤した痕跡が残っているものが、STRICKLANDの仕事なのだ。

これも余白?

エントランスからアートと古物の素材感と、物語性が入り混じる独自の世界観が漂うSTRICKLAND。インテリアデザイン事務所というよりまるでアートギャラリーだ。収集されたコレクションは著名性や相場などとは関係なく、赤尾氏の心惹かれるものが集められている。

「脚立は大西伸明さんという作家の立体作品です。あるアートフェアで出会いました。透明なアクリルの素地を一部に残し、あとは描画で質感が表現されています。アートと経年変化のはざまにあるような作品で気に入っています。本来ギミック的な作品は好みではありませんでしたが、ここまでやれば特殊な力になるんだと、価値観が揺さぶられました」。

日頃から自然体でアートや古物を愛する赤尾氏の視点に、独自性のあるものづくりへの深い想いが垣間見える。

思わずアクリルとの接続部を探してしまうほど、経年変化した鉄の質感が“描かれて”いた。「お客さんが間違って登らないように、台座に載せています(笑)」
 
裂き織りは江戸時代から続くリサイクル工芸。「これは東北の古いものですが、藍染めが多い中でピンクが入っていてモダンだなと思って」
絵画とは?長年海辺にあったのか、古い倉庫の扉が抽象的に問い掛ける
チャコールペンシルで描かれた大作は本田健氏の作品「山あるき」。里山を10時間以上歩き回り生み出された

赤尾氏の骨董やアートのコレクションは、個人的な趣味だという。インテリアデザインとアートは親和性は深いが、アートや骨董が生活に必要不可欠かといえば、これも余白と呼べるものかも知れない。赤尾氏は旅先でもふらっと骨董屋を訪れ、ギャラリーに顔を出すのだという。

少年のような純粋さでいろんなものに興味を持ち続けている。その興味関心がベースにあり、世界トップクラスのデザイナーである今も、その原点に変わりない。

四つの眼差し

商業空間としてのホテルをデザインする上で、赤尾氏が常に意識している明確な指標がある。

「ホテルのインテリアデザインで大切にしているのは、アート性とエンターテイメント性です。やはり商業施設なので。そして、派手なデザインや設えよりも居心地の良さに繋がる親密性。ゲストとスタッフ、そして空間を取り持つためです。4つ目は時に厄介なんですけれど、批評性です。その時代において、語り継がれる評価に値する価値があるかということをいつも気にしています。アウトプットは様々ですけど、気にしているところはこの4項目です」。

この4つの眼差しは、Ritzwellの家具を選ぶ理由にも当てはまると言う。

「Ritzwellの家具にはアート性もあるし、デザインが戦っている。特別な感じがするエンターテインメント性もある。親密性は、家具はいつでも手に触れるものだし、一度知るとちょっと他とは違うなと思わせる批評性も感じます」。

特に、「ザ・リッツ・カールトン福岡」や「パティーナ大阪」でも採用されているハイバックのイージーチェア『BEATRIX』に対する赤尾氏の評価は高い。

ザ・リッツ・カールトン福岡、24階にあるBar「BAY」にはオールレザーのBEATRIX high-back easy chair(Photography:Zoom)

「BEATRIXみたいなハイバックの椅子って思いの外あまりないのです。ゲスト体験としてゆっくりできるし、座り心地もいい。空間的にバーなどで背の低いソファの中にアクセントとして高さを出したい時に使います。何よりBEATRIXは、後ろ姿もちょっと彫刻的で哀愁が漂っていると思います」。

彫刻性が強すぎると無骨になり機能性が失われるが、そのバランスが絶妙に保たれている。あらゆる家具ブランドを知り尽くす中で、ことさらに「和」を強調しすぎないRitzwellのニュートラルな立ち位置が、現代の空間に心地よく馴染むのだそうだ。

大阪城を一望できるパティーナ・スイートにもMT BENCHが採用されている。土地の記憶や大地の温もりを感じさせるブラウン系の色合いでコーディネート(写真:PATINA OSAKA)

本物だけが持つ力

現在のインテリアの世界では、消防法などの規制により本物の木材が使えない場面も多々ある。しかし、技術の進歩により、フェイク素材でも高いクオリティが出せるようになった。本物への強いこだわりを持ちつつも、状況に応じて柔軟な解を導き出すバランス感覚が求められる。

「高い天井に突板のシートを貼って居心地の良さや温もりが得られるなら、使う価値はあります。石もすごく薄いフェイクタイルみたいなものもありますし、その辺りはちゃんと見極めないといけないですね。フェイクがいつでも悪とは限らない。ただ、それでもやっぱり『本物だけが持つ力』は確実に存在しますが」。

石は想像もつかないほど長い時間をかけて形成された神秘的な素材。Ritzwellが新たに挑戦する石材を使った“STONE COLLECTION”も、自然素材がもつ根源的な力への畏敬の念を内包している。「ゆらぎの均衡」をテーマに、静けさと緊張、重さと軽やかさといった、相反する素材を用いながら、微妙なバランスで響き合う穏やかな美しさ、心地よい空間や時間をこれからも生み出していく。

マットな質感の伊達冠石の特注テーブルは大蔵山スタジオ製
普段はアートワークのように壁際に置かれ、来客時などは本来のベンチとして活躍し、様々な用途で使われるMTベンチ

STRICKLANDという社名は、英国のサマセット・モームの小説「月と六ペンス」の登場人物(画家のゴーギャンがモデル)から名付けられている。家族さえも捨てて、純粋にクリエーションに没頭する。そんな気概がこの屋号には込められている。

空間と家具。対象のスケールは違えど、その熱量こそが人々の心に引っかかり、記憶に定着していく。そこには、デザインを通じてゲストの五感に訴えかけ、共鳴する哲学が存在しているのだ。


哀愁に似た“余白”を纏わせながら。

赤尾氏とSTRICKLANDの所員の皆様、ありがとうございました。

納入事例
The Ritz-Carlton Fukuoka
パティーナ大阪

HP
STRICKLAND

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