ジョルジョ・デ・キリコの世界に迷い込んだ気分だ。

整然と配置された真新しい建物群は、どこか非現実味を帯びていて、形而上的絵画を思い起こさせる。スケール感と比例しない線の少なさのせいなのか。

ここは佐賀平野を流れる嘉瀬川のほとりにある「佐嘉酒造」。1688年創業の歴史的酒蔵が2026年4月、リニューアルオープンを果たした。モノトーンの建物は未来と過去、白米と酒蔵の黒塀を暗喩するという。

ゼロから始まった酒蔵再生

この大規模な再生プロジェクトを手掛けたのは、建築や土木、さらには介護や保育まで幅広い事業を展開し、51の企業を擁する「地域みらいグループ」だ。代表を務める脇山章太社長は、自らの企業グループを“資格を持った技術者集団”と定義する。

佐嘉酒造(旧・窓の梅酒造)は、338年という佐賀県内で最も古い歴史を持つ酒蔵。この蔵が地域みらいグループに合流したきっかけは、ある銀行の勘違いからだった。

「以前、別の街で古い酒蔵の建物再生工事として引き受けたことがありました。観光の拠点にできればという想いだったのですが、とある銀行さんが『酒ビジネスに乗り出したんですね』と勘違いをされて(笑)。それでこの佐嘉酒造のM&Aの話を頂いたのです。当時は全くお酒を造る気などありませんでしたから、本当に偶然の産物なんですよ」。

脇山社長が、引き受けた後に知った日本酒業界の現実は、想像以上に厳しいものだった。現在、日本酒の需要は、消費者の嗜好の変化に伴い「普通酒」(2回火入れを行い常温保存に適している)から、火入れが1回のみの生酒に近い「特定名称酒」の割合が増えてきている。特定名称酒は、米と麹と水だけで仕込むための高度な技術の習得と、温度や衛生面を徹底管理する必要があり、大規模な冷蔵設備などが不可欠になる。

「全国に約1500あると言われる酒蔵のうち、そうした新しい設備投資ができる余力のある蔵は、おそらく10%程度しかありません。10代、20代と何百年も続いてきた名門の蔵であっても、ビジネスモデルが描けずに銀行から融資が受けられず、廃業の危機に瀕しています。佐賀で一番古いこの蔵も、そんな窮地に立たされていたんです」。

地域みらいグループは、この歴史的遺産を存続させるため、総額数十億円を超える大規模な設備投資を決断した。単体の事業としてロジカルに計算すれば、容易に回収できる金額ではない。それでも踏み切った背景には、大手企業にはできない“地方企業としての使命感”があった。

古い掘割をビオトープのように活かした敷地。奥まった場所(右手)にショップ・事務所棟がある
里山をイメージした前庭。小径に敷かれた石は旧酒蔵の貯蔵タンクの沓石を再利用したもの
窓の梅酒造時代と現在の上空写真の比較。かつて用水路を挟んで建物がぎっしりと並んでいた(写真:佐嘉酒造提供)

震災が変えた価値観と日本の誇り

脇山社長は、東京や海外で長く生活をしてきた経験がある。地元である九州を意識するようになったのは、2011年の東日本大震災がきっかけだった。

「当時、私は東京で働いていました。震災のあったあの日、交通機関がすべて麻痺する中、身重だった妻と共に東京都内の会社から自宅まで7時間かけて歩いて帰るしかなかった。その間、上の子とも連絡が付かず、不安に苛まれ長い道のりを歩きながら、ふと自分の価値観が変わっていくのを感じました。なぜ家族に何かあってもすぐに駆けつけられない距離で暮らしているのだろう、これで良いのかと。それがきっかけで、生活圏がコンパクトで家族との距離が近い九州へと戻ってきました」。

帰郷して改めて見つめ直した九州のマーケットは、日本全体のGDPから見ればわずか10%に過ぎない。大手企業から見れば、投資対効果が見込みにくく、本格的な投資の対象にはなりにくいエリアである。

「経営会議にかけ、投資効果を厳格に説明しなければならない大手企業は、『地域貢献』への想いだけで何十億ものお金を動かすことは仕組み上できません。だからこそ、我々のような非上場の地元企業がリスクを取ってやっていくしかないんです。もし我々がやらなければ、この歴史ある酒蔵は日本から消えてしまうか、あるいは海外の資本に買収されてしまいます」。

ガラス越しに見学できる醸造所のタンクでは、酒の母体となる酒母に蒸米、麹、水を合わせて“醪(もろみ)”の仕込み中
 

現在、日本の酒蔵が海外企業に買収されるケースは増えつつある。脇山社長自身、海外生活が長かったからこそ、そこに強い危機感を抱いている。

「フランスのブルゴーニュの特級畑は絶対にフランス人が作りますし、イタリアのトスカーナもそうです。彼らは自分たちの文化や芸術、技術を絶対に他国には譲りません。だけど日本では脈々と受け継がれてきた歴史や技術を、手放してしまうケースが見受けられます。日本人として、日本の宝は自分たちで磨き、守るべきだという強い想いが、私の原動力です」。

過去と未来を繋ぐモノトーン

リニューアルされた佐嘉酒造の施設は、醸造所、ショップ、倉庫に至るまですべてが洗練されたデザインで統一されている。この空間の監修を務めたのは、地域みらいグループの執行役員であり、一級建築士の資格を持つ飯島氏である。彼は「昔と今」をコンセプトに、木質感を活かしながら白と黒のコントラストが美しい、モダンでありながら歴史の重みを感じさせる空間を創り上げた。

樽貯蔵庫の排水溝に敷かれた白玉砂利のレフ板効果で美しいグラデーションに
樽貯蔵庫の排水溝に敷かれた白玉砂利のレフ板効果で美しいグラデーションに
ショップや試飲カウンターは無垢杉柱で作られ、温もりと手触り感のある空間に。メンテナンスを含め、コストも抑えられた。「コンクリートは出来たその日から劣化が始まりますが、木は愛着がうまれ価値も上がりますから」と設計監修を行った飯島氏
ラウンジに置かれた最大サイズのMTMテーブル。のびやかに視線を誘導し、また木質の空間にもよく馴染む。この空間は試飲会や交流会など、多目的に使用することを想定している

この特別な空間の価値をさらに高めるため、飯島氏が「これしかない」と強く提案して導入されたのが、Ritzwellの家具だった。広々とした試飲スペースやラウンジには、美しい曲線を描くRIVAGE METAL(リヴァージュ・メタル)アームチェアや、MTテーブル、最大サイズ4400mmの重厚なMTMテーブル、そして職人が厚革を丁寧に編み込んだMTベンチがゆったりと配置されている。

「Ritzwellの家具を提案された時、一目で『これはめちゃくちゃかっこよくなる』と感じました。プライベートではRitzwellの表参道ショップ&アトリエにも訪れたことがあって、知ってはいたのですが、やっぱり上質で洗練された感じが想像以上で、木質感のある空間に見事に馴染みました」。

佐賀市に隣接する、福岡県大川市は、全国有数の家具の産地である。しかし、時代とともに人々のライフスタイルは核家族化し、家具を代々受け継ぐ文化は薄れ、低価格の量販家具が市場を席巻するようになった。地元産の良質な木材を使った素晴らしい家具の存在すら、若い世代には知られなくなりつつある。

「だからこそ、本物の素材を使い、職人の手で長く使えるものを作り続けるRitzwellの姿勢は、佐嘉酒造が目指すものづくりの哲学と深く共鳴します。たとえば、Ritzwellのウォールナット材のテーブルには、自然のままの白太(辺材)の表情が活かされ、そこに少しブルーがかったマットなブラック塗装が施されている。歩留まりが悪く扱いの難しい部分を、あえてデザインの魅力へと昇華させるそのサステナブルな挑戦に感銘を受けます」。

白太部分の色ムラを「蒼墨色(SOHBOKU)」で塗装されたMTテーブル。木地の特徴を生かしながら繊細に顔料を施すことで、ウォールナット材の力強い個性を引き出す

佐嘉酒造は今回のリニューアルで、工場見学用のコースを整備し、酒造りの現場を公開するオープンファクトリーの形をとった。Instagramなどで認知した若い人たちが時折訪れるという。

「今の若い方々は、単にモノを買うのではなく、それが誰の手で、どんな環境で、どんな想いで作られたのかという背景をしっかりと理解して、納得しなければ買ってくれません(笑)。佐嘉酒造は現場をオープンにすることで、職人たちの意識も間違いなく高まりましたし、自然と良いものができる環境が整いました」。

これはRitzwellの糸島シーサイドファクトリーの存在意義と同じだ。ものづくりの背景に自分たちのストーリーが介在し、初めて説得力を持つ。

展示コーナーの壁には昔の木樽を再利用し、長い酒蔵の歴史を感じることができる

日本酒をもっと自由に

ワインのような華やかな香りとフルーティさのSAGA BLUEは新感覚の日本酒

新しい佐嘉酒造の象徴とも言える商品が、アルコール度数8%の「SAGA BLUE」である。白ワインのようにフルーティーで、日本酒特有の重さを感じさせないこの酒は、驚くべきことにお酒が全く飲めない脇山社長の父・脇山章治氏が開発を主導したものだ。

「実は、脇山家は父も母も、祖父母も弟も、見事なまでに誰も酒が飲めない家系なんです(笑)。私だけがなぜか飲めるんですが。だからこそ『酒が苦手な人でも美味しいと思える酒を造ろう』という発想が生まれました」。

さらに佐嘉酒造では、自社工場で直接炭酸を注入した「SAGA HI(日本酒ハイボール)」という斬新な商品も開発。キレのある新しい味わいを生み出している。

「日本酒は炭酸で割っても紅茶で割っても、実はすごく美味しいんです。このSAGA HIはBBQの時などに手軽に飲んでいただけると思います。私たちは日本酒の楽しみ方を、もっと自由に、ワクワクするものに変えていきたいんです」。

2026年夏に販売が開始されたSAGA HI。工場内に専用ラインを設けるほどの肝入り商品

文化と技術を次世代へ

現在、佐嘉酒造の蔵人は6名。その中には、流暢な日本語を操るイギリス人スタッフも含まれている。彼らは今後の海外展開を見据えた重要な戦力でもある。

「まずは佐賀から福岡、大阪、東京へと認知を広げていきますが、ゴールはあくまで海外です。海外のコンクールにも積極的に挑戦し、『日本人の蔵がここまでやっているんだぞ』ということを世界に向けて発信していきたい。それが巡り巡って『日本酒業界って面白いな』と、次世代の若い人たちへの求心力になるはずです」。

オーク樽で熟成される麹ウイスキー『佐嘉』は、樽ごとにボトリングされるため味わいが少しずつ違う。今後も新たに製酎予定でこの空間に樽が積み上がる予定

大量生産の時代が終わり、本物の価値が問われる今。素材を慈しむ酒蔵と家具屋。ジャンルは違えど、そこに通底するのは「技術と感性を磨き、次世代へと伝承していく」という揺るぎない覚悟である。

佐嘉酒造のラウンジに整然と並ぶRitzwellの家具たちは、この偶然から始まった酒蔵再生の立会人としてここにいる。“人と人を繋ぎ、国を超えて愛される日本酒”づくりを目指す佐嘉酒造。伝統文化・醸造技術の継承。地域から湧き起こる情熱によって紡がれ始めたストーリーは、すでにその一杯に溶け込んでいた。

脇山社長と佐嘉酒造の皆様、ありがとうございました。

左から地域みらいグループ 脇山社長、佐嘉酒造 木下社長、杜氏の石丸さん

佐嘉酒造株式会社
佐賀県佐賀市久保田町大字新田1833-1640番地

佐嘉酒造 福岡大手門Concept Shop
福岡市中央区大手門1丁目1-12 大手門パインビル 1F