文珠の黒衣 | 文珠荘 CASE #031

たどり着くべくして、たどり着く運命を、感じることはないだろうか。
それは、河川から運ばれた砂粒が対馬海流とせめぎあい、数千年の時をかけ砂州となった「天橋立」という場所の持つ、気配のせいだったかも知れない。
「文珠荘」は天橋立のたもとにある老舗旅館。その歴史は300年を優に超える。「三人寄れば文殊の智恵」のことわざで知られる、文殊菩薩を本尊として祀る智恩寺の門前で、名物「智恵の餅」を四軒の茶屋が売り始めた。その茶屋がそれぞれ道向いに旅館を開業したことにより、街の歴史が始まったと言われている。

奥座敷から“和のリゾート”へ

文珠荘のルーツは、1690年創業の門前茶屋「勘七茶屋」が、その向かいに明治初年「対橋楼」を創業したことに始まる。与謝野晶子をはじめ多くの文人墨客に愛された宿だ。昭和29年には文珠堂岬に総平屋数寄屋造りの文珠荘別館(現・松露亭)を開業し、天橋立国定公園内で唯一の宿として現在も営業する。
36歳という若さで13代目を継承した幾世英磨(いくせひでまろ)社長は、全国の旅行組合の活動を通じて広い視野を養い、海外からのインバウンド客を誘致するべく視察を重ねた。そこで得たある出会いが、宿のコンセプトを決定づけることになる。

「スイスで出会った日本人の方に、『君の宿はどんなところなんだ?』と聞かれたのです。京都から2時間ほどの天橋立という景勝地で、目の前には海と松林が広がっています。そう説明すると、その方は『それは海外で言うところのリゾート地だね』と言ってくれました。それまでは『京都の奥座敷』という控えめなイメージで捉えていましたが、『和のリゾート』という言葉にストンと腹落ちしました」。
天橋立の歴史的な景観を活かしつつ、世界に通用するリゾート地へと昇華させる。幾世社長は、それが文珠荘の未来の姿であり、自分の使命だと感じたそうだ。
吉村順三の精神を継承する

文珠荘の建物には、日本を代表する建築家・吉村順三氏によって1966年に設計された木造棟が数棟ある。数寄屋造りの美学が息づく木造二階建てと平屋は、建築を学ぶ学生や建築関係者が、今もなお見学に訪れるほど。 幾世社長はこの偉大な遺産を単に保存するのではなく、「もし吉村先生が今も生きていたら、現代の生活に合わせてどう改築するか」という視点を大切に、吉村順三の木造棟の横にある、3階建てのRC「舞の棟」や、「松露亭」のリニューアルを行った。
特にこだわったのは、吉村建築の特徴である「視線の低さ」。かつて日本人が正座をして庭を眺めた時の、あの最も美しく見える景色を、ソファやベッドに座った状態でも再現することだった。

「松露亭は数寄屋造りの非常に良い建物なのですが、もともと8畳や10畳の昔ながらの間取りでした。ソファを置くスペースもなければ、各室に露天風呂もなかったので、現代的な快適さを取り入れた特別室などにリニューアル(2022〜2023年)しました。その際、全室にRitzwellの家具を入れさせていただきました」。
世界が物理的な分断と、社会機能の停止に喘いだコロナ禍。幾世社長は機を見て変革に乗り出す。元々団体客を主にしていた文珠荘を、個人客、インバウンド向けの“和のリゾート”へ生まれ変わらせる潮目と見たのだ。
「コロナ前、うちのインバウンドのお客様は全体のわずか6%でした。京都は70〜80%でしたから、認知されればきっと集客できると。それで団体客をやめ、宴会場を個室メインの食事処に変えました」。





Ritzwellとの出会いは23年前

「和のリゾート」という空間を具現化する上で、最も重要な役割を果たしたのが家具であった。幾世社長には盟友とも言える存在が二人いる。京都・与謝野のインテリアショップ「ARIA」の有吉寿和氏と、同じく京都の数寄屋建築家である才門俊文氏だ。有吉氏は家具製作から名作家具の取り扱いまで行い、抜群のセンスで良きアドバイザーとして文珠荘の空間づくりを支えてきた。
そして、吉村順三の設計思想を継承し、松露亭改修にも深く携わった才門氏である。幾世社長はこのお二人とともに文珠荘のリニューアルを行ってきた。まさに一つのチームなのである。
「2003年のロビー改装時、すでに理想的な家具として候補に挙がっていたのがRitzwellでした」。
当時、予算の兼ね合いでRitzwellのソファの導入を見送らざるを得なかったという。しかしその後、特別室やレストランのリニューアル時、数多くの候補の中から最終的に行き着くのは、いつもRitzwellだったそうだ。「松露亭」全面リニューアルの際には、全ての部屋にRitzwellの家具が採用された。



「不思議なのです。設計士さんや有吉さんと色々と探して検討すると、結局最後は『やっぱりRitzwellがいいよね』となってしまうのです。名だたるイタリアンブランドなども検討しますが、日本の数寄屋建築に漂う気品、凛とした空気感に最も馴染むのは、いつもRitzwellなのです」。


景色を主役にする「黒衣」としての家具

幾世社長が家具に求めるのは、過度な主張ではなく、空間との調和と圧倒的な居心地の良さである。文珠荘の最大の売りは「景色」であり、家具はその景色を享受するための最良の黒衣(脇役)でなければならない。
「Ritzwellの家具は、存在感はあるけれど品が良く、決して景色の邪魔をしない。それでいて、一度座るとそこにずっと居たくなるような包容力がある。シュッとした直線の美しさと、曲線の柔らかさ。そのバランスが絶妙なんです。このロビーで打ち合わせをすると皆さんなかなか帰らないんですわ(笑)」。
特にロビーは宿の第一印象を決める重要な場所。そこに身を置いた瞬間、座り心地の良さに安堵し、これから始まる滞在への期待が膨らむ。そんな体験をお客様に提供したいという想いから、Ritzwellが選ばれた。

「視察の時、最初にロビーのソファや椅子の座り心地がよろしくないと、あれ?と思ってしまいます。ここで居心地が良かったら、宿選びは間違いありません」。


未来へ繋ぐ、新たな「和」の形

コロナ禍という苦境において、文珠荘はさらなる高付加価値化を追求し、旅館としての在り方を再定義した。宴会場を個室の食事処へと改装し、2つの客室を統合してゆとりある空間を確保。さらに、全室に露天風呂やローベッドを完備した特別室を設けるなど、富裕層やインバウンド客のニーズに応える宿へと変貌を遂げた。
「全国の組織に所属していたので、日本と諸外国のニーズや知見を得ていました。ただこの地域には来ていなかっただけです。だから海の京都DMO活動や、地域づくりマネージャー研修などにも参加して、施設のリニューアルを行いながら、コロナ禍は準備期間に当てました」。
その結果、客層は劇的に変化した。為替の影響もあり、香港、台湾、アメリカ、シンガポール、タイ、そしてフランスと、世界中からゲストが訪れるようになったという。
「全館リニューアルは9割整いました。残りの1割は舞の棟の最上階に、今の特別室を凌ぐ広い超VIP室を作りたいと考えています。その際にはまたRitzwellのお力添えをいただきたいです」。

家具へのこだわりは、そのままお客様へのおもてなしの心へと繋がっている。幾世社長は『和のリゾート』をさらなる高みに持ち上げるため、畳の部屋にも馴染む理想的なチェアを探していると言う。
「でも中途半端なものは置きたくないので、Ritzwellさんに作って欲しいです」。
畳の上で違和感なく使えるけれど、座椅子とは違う椅子。
難易度は高いが、Ritzwellも新しいジャンルの家具づくりにはぜひ挑戦していきたい。

知恵の餅から始まった300年来の宿の歴史は、砂州の一粒一粒の上にしっかりと根を張り、松林の梢に溶け込む。目前の天橋立運河を渡る風を感じながら、ロビーにあるBLAVA(ブラヴァ)イージーチェアに身を預け想う。
洗練と革新。
文珠荘は「和のリゾート」の完成形を目指し、これからも進化を続けていくに違いない。
ロビーには餅箱が置かれていた。
おもてなしの知恵は今もそこにある。

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