花は野にあるように | 高山荘 華野 CASE #019
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関西の奥座敷、太閤秀吉も愛した有馬温泉。山峡の地に湧く“金泉・銀泉”は、日本最古の温泉と言われている。今回訪れた『高山荘華野』は温泉街の中心、有馬街道を眼下に望む高台にある。創業は昭和31(1956)年。2代目館主、駿川 武志さんにお話を伺った。
師との出会い
「元々祖父母がこの場所にあった別荘を買い、両親が旅館業を始めました。私が2代目ですが、祖父母から数えると3代目ということになります」。
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昭和〜平成と湯治や団体客で賑わってきた高山荘華野。1993年に大規模なリニューアルを行うが、2年後の1995年に神戸大震災が起こる。
「外壁はクラックだらけ。土壁も全部落ちました。うちだけではなく、どこの旅館も大打撃でした。でもあの経験があったから、今があるとも言えます。当時はただ必死でした」。
その後、駿川さんは意外な行動に出る。“いけばな”を習い始めるのだ。
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「苦楽のバランスを求めていたんでしょうね。ある時TVで“花を愉しむ”という番組を拝見して衝撃を受けたんです。自分が知っている華道とは違って、斬新で凛としたものを感じました。もう居ても立っても居られず、次の日にはTV局に問い合わせて、その先生が主宰している講座を教えていただき申し込みました。これ!と思ったら即行動するタイプです(笑)」。
駿川さんは当時42歳。毎月東京まで“なげいれ”の花の講座に通い始めた。しかし最初の1年間は花に触れることも許されず、ひたすら講義だったという。“なげいれ”とは茶室にいける茶花のこと。千利休が大成したいけばなの原型と言われる
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「2年目、いよいよ実技が始まると思ったら、その前に面接を受けました。花に向かう姿勢を何よりも重視する先生なのです。そして『狩野絵画の秋の世界をいけてください』と言われて、狩野派も知らなかった私は一輪もいけられなかった。それから日本美術、掛け軸、茶の湯、数寄屋建築、骨董、すべてを学び始めました」。
そして駿川さんは、人生で求めていたものがいけばなにあると感じていた。天才花人と呼ばれた超一流の先生と、同時代に生きているという喜び。また先生から享受するものの見方やセンス。そして先生から繋がる超一流の人脈も、駿川さんの知見と感覚を磨き高めていった。
プリミティブアートの宿へ
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駿川さんは花の先生からの知見を深めるうちに、とある工務店が気になり始める。
「先生の作品集の背景や、お話によく出てきた京都の旅館俵屋さんや美山荘。それらを手掛けていたのが京都にある中村外二工務店だったのです。初代中村外二棟梁は日本を代表する数寄屋建築の名工で、伊勢神宮茶室やNY郊外にあるロックフェラー邸にも茶室を造っています。2000年、私は改装の相談のために中村外二工務店を訪れ2代目の義明さんにお会いしました」。
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駿川さんは中村外二工務店でお話を聞かせてもらい、その当時の高山荘華野の現状と、求める建築に埋まらないギャップを感じる。
「作品集を頂戴し、どの作品もあまりにも立派で、ちょっと気後れしてしまいまして、今の自分には身の丈に合わないと感じました。そして後日、お礼の手紙には『しばらく勉強させてください』と書いたんです」。
その後、駿川さんは館主としてお客様へのおもてなしに注力し、いけばなを学び続けた。そして、いけばなから繋がる古美術や陶芸、アートへの造詣を深めていった。今では館内の全室と共有スペースの至る所に館主による季節のいけばな、古美術やアートが美術館のように展示されている。
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数十年後の姿を見据えて
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コロナ禍では休業を余儀なくされた時期もあったが、駿川さんはこの時期を利用して改装計画を進めることを決めた。
「中村外二工務店へ再度お願いにあがりました。要望を言えるようになるまで20年かかりました(笑)。長かったです。でも学びの時間でした。ただ中村外二工務店には未着工の案件がいくつもあり『2年待てますか?』と言われました。念願でしたからそれからの2年はあっという間でした」。
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そして数寄屋スイートルーム『双葉葵』は、2021年着工し2022年2月に竣工する。これに合わせ17室あった客間は15室へ。内5室をスイートルームに改装した。
「中村外二工務店の施工事例の視察を兼ねて、京都の眞松庵(現在は紹介制のプライベートホテル)という旅館に泊まった時に、洗面室にあったMO BRIDGEスツールがRitzwellとの出会いでした。直感で良いなと感じました。高級感と革新性を秘めたデザイン。ぜひうちのスイートにも取り入れたいと思いました。特にパウダールームはスタイリッシュでセクシーな空間にしたかったので、MO BRIDGEスツールの少し丸みのあるスタイルが最適でした。座面は厚革だとちょっと重くなるので、布ベルトを選びました。MO BRIDGEスツールは5室あるスイートルームすべてに置いています」。
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しかし花の先生には“一室だけ中村外二工務店に作ってもらっても、旅館全体とのバランスが取れない。分不相応”と『双葉葵』の改装には反対されたそうだ。
「息子にも反対されました(笑)。でも一生に一度、中村外二工務店の施主になりたかったんです。私の自己満足かもしれませんが、先生から教えていただいた世界観を私なりに広げて伝えていければ良いなと思っています。憧れをカタチにするのに20年かかりましたが、『双葉葵』は20〜30年後の姿を考えて作られています。数寄屋建築とはそういうもので、時間が経つほどだんだん良い感じになっていきます。天井板も色味の変化がチグハグにならないように、1本の赤杉から造られています。落ち着いた調和を保ち、これからも空間は育っていくはずです」。
合理化、量産化に傾倒する現代の木造建築とは逆行するような、職人の手から生み出される中村外二工務店の数寄屋建築。Ritzwellが掲げる“時間と共に美しく変化し、深い味わいとなっていく素材”、“時が経っても古さを感じさせない、タイムレスなデザイン”と共鳴する部分が多い。
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「中村外二工務店の趣旨として、建築は“施主の運命を伸ばす”ということがあるそうです。20年後を見据えながら今の仕事に取り組む。造って終わり、デザインして終わり、という訳ではない。そこにも惚れました。商売がどんどん発展するように造る。そこまで考えていらっしゃるなんて建築も奥深いですね。そんな方々と関われたことが私の財産です」。
取材時、息子さんが中心となって5階のスイートルームのリニューアル工事が進んでいた。リゾート感溢れる極上の心地よさを目指したラグジュアリー・スイートルームになるという。3代目は時流のニーズを確実に掴み、高山荘華野をさらに発展させる新たなリーダーとなった。
「息子はよくやってくれています。宿泊業に限らず商いは時流を読み、先を見て変化し続けて行かなければならない。でも普遍的なもの、例えば美意識などは変わらないと思います。どちらが正しいとかではなく、両方必要だと思っています」。
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実は駿川さんは、60歳からクラシックバレエを始められたという。きっかけは娘さんのバレエ教室への送り迎えをしているうちに、先生の芸術性に惚れたそうだ。
「バレエの先生も“クラシックバレエは基礎ではあるが、型におさまってしまうことは望まない”という考え方で、すごく共感しましたし興味を持ちました。若者には技術や体力では負けるけれど、いけばなで会得した美しいものを見極める目があると自負していますから、60歳の男性でもまったく気後れしませんでした(笑)。1年半後には発表会にも出たんですよ」。
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「Ritzwellの家具が1種類で申し訳ない」とおっしゃっていたが、一種類であってもこだわりの空間の中でMO BRIDEGスツールのデザインは、控えめでありながら確かな存在感を放ち、全スイートルームのエレメントのひとつとして重要な役目を与えられていることが分かり、大変光栄だった。
駿川さんには、審美眼を磨き続ける情熱の大切さも教えていただいた。
“面倒な時はできない理由をいくらでも見つけることができるが、興味を持ったらとにかく続けることが大切”だ。そして、“こうなりたい “という理想を絶えず持ち続けること。常識にとらわれないこと。
ものづくりとまったく同じだ。
興味深いお話をありがとうございました。
花は野にあるように。悠然と。
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有馬温泉 高山荘 華野
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