旅の伴侶は寡黙な方が良い。

今回のオーナーインタビューを終えて、ふっと頭に浮かんだフレーズだ。ひとり旅には慣れていても、そんな伴侶が隣に居ると、人生という旅はもっと豊かになるに違いない。

別府湾を望む海辺のマンションの一室。そこにライフスタイル・スペース・ディレクター松岡直美さんの拠点がある。 ハウスメーカー在籍時から、長年にわたりRitzwellの家具を顧客に提案し続けてきた彼女の歩みと、これからについて話を伺った。

CADオペからインテリアコーディネーターへ

「ここに引っ越したのは1年前ですけど、別府港から聞こえる汽笛には、いまだにびっくりします(笑)」。

元々は自分で住む予定ではなく、賃貸物件にするつもりでローコストなリノベーションを施したという。
松岡さんのインテリアコーディネーターとしての出発点は、あるハウスメーカーだった。

「最初はCADオペレーターとして入社しました。図面を引き続ける日々を6年ほど過ごしました」。

当時は、自分が将来、施主のライフスタイルをトータルで提案する立場になるとは想像もしていなかったという。転機は、組織体制の変更によって所属部門がなくなったことだった。キャリアの危機とも言える状況だったが、彼女はこれを前向きな契機と捉える。同じハウスメーカーの別部門の面接を受け直し、再入社を果たしたのだ。

松林の向こうに砂浜。リゾート地のようなロケーション

「CADオペレーター時代に、インテリアコーディネーターの資格を取得しました。3回挑戦して、ようやく(笑)。諦めきれなかったんです。そして同じ年に二級建築士の資格も取得できました。20代ならではのバイタリティですね」。

インテリアコーディネーターとして建物の構造を深く理解していることは、彼女の提案に類稀なる説得力と安定感をもたらす強みとなった。そこから14年、トータルで約20年もの歳月をハウスメーカーで過ごすことになる。

テラコッタピンクの壁は松岡さんがご自身でペイント
東側の和室二間を洋室へリノベーション。ただし手数は最小限

松岡さんとRitzwellの出会いは、彼女がコーディネーターとして頭角を現し始めた頃。
Ritzwellがまだミラノサローネに出展する前だ。

「色々な家具メーカーを取り扱う中で、Ritzwellを知りました。今は社長になられた宮本晋作さんは、当時は営業部で現場を担当されていて、大分へも来られていたんです。物静かで、いつもニコニコしていて、口数は少ないけれど丁寧に言葉を選ばれる、物腰の柔らかな方でした」。

松岡さんは、その真摯なものづくりの姿勢に応えるように社内で動いた。ショールーム内の打ち合わせスペースを使い、Ritzwellの家具をディスプレイして顧客を招待する独自の販売会を企画。 折しも業界全体で、大手ハウスメーカーが合同で大規模な「インテリアフェア」を主催する潮流が生まれつつあった。地元大分だけでなく、時には福岡の特設会場まで、松岡さんは熱心に顧客を案内し、インテリアコーディネーターとして、家具の魅力を伝えてこられた。

境界を超えるバランス

プロとして数多くの家具に触れてきた松岡さんにとって、Ritzwellのプロダクトは当初から特別な存在感を放っていた。その最大の魅力は「絶妙なバランス感」だ。

「Ritzwellのデザインが本当に好きで、全幅の信頼を置いていました。一見するとシンプルなのに、空間に置くと全体の空気感が一気に上質になる。不思議な存在感がありました」。

彼女の分析によれば、Ritzwellの家具はテイストの境界線を鮮やかに飛び越える。 モダンな洋室にはもちろん、繊細な「和」の空間にも溶け込み、コーディネート次第で北欧テイストの温かみを持たせることもできる。世界観を主張しすぎず、かといってカジュアルに寄りすぎることもない。

「線が極限まで洗練されているからこそ、素材そのものの美しさが際立ちます。張り地や木部の選定次第で、いかようにも空間の表情を整えることができる。コーディネーターとして、これほど心強い存在はありませんでした」。

SCHOLARは2002年12月に発売されたRitzwellを象徴するアイコニックなモデル。奥はJ.L.Møllers(モラー)はデンマークの名作ダイニングチェア

現在、松岡さんが暮らすマンションのリビングには、RitzwellのSCHOLAR(スコラー)チェアが2脚ある。
「実は以前住んでいた家には、リビングテーブルやAVボードなど、他にもRitzwellの家具があったんです」。

しかし、人生の転機により住み慣れた家を離れることになった際、多くの思い出とともに家具のほとんどを置いていくことになったという。
「テーブルは愛着を持ってオイルメンテナンスをしながら大切に使っていました。でも、この場所に連れてきたのは、このスコラーだけです」。

大分から福岡、そして再び大分へ。生活の拠点が変化する中で、この椅子だけは常に彼女の傍らにあり続けた。だからとても愛着があるのだと松岡さんは目を細める。

「スコラーは座面も薄いし、決してお尻に優しい極上の座り心地というわけではないんです。でも、この華奢で美しいデザインが本当に好きです。今のRitzwellのラインナップの中でも、際立ってアイコニックなスタイルだと思います」。

松岡さん愛用のスコラーは、単なる道具ではない。人生の記憶を纏う器であり、過去のキャリアとこれからの未来を繋ぐ、まさに「寡黙な伴侶」なのだ。

新たな屋号『NOMA』が目指すもの

10年前に組織を離れ、フリーランスとして活動してきた彼女は、今年の春、自身の活動に新たな屋号を掲げた。それが『NOMA(ノマ)』である。

「Naomiの『N』と、空間の『間(ま)』を掛け合わせて作った言葉です。余白、静けさ。そして人と人との絶妙な距離感。私が創りたいのは、単なる絵になる空間ではなく、そこに流れる時間も含めた“心地よい間”なのです」。

1人で静かに思索に耽る時間も、誰かと賑やかに集う時間も、どちらも人生には欠かせない。その人にとっての“ちょうどいい、心地よい間”を作り出す存在でありたいという想いが、この名には込められている。

「私のやりたいことは、家具や照明、カーテンといったモノを綺麗に揃えることではないと気づいたんです。その先にある音や光、香り、さらには食までをも含めた、人間の五感に響く『心地よさ』を調律することなのです」。

クラフト感のある棚はオリジナル
日本のハンドメイド・フレグランスブランドAPOTHEKE FRAGRANCE(アポテーケ フレグランス、現在のブランド名はAPFR)のお香を愛用

現代社会は情報が溢れかえり、SNSを開けば他人の正解が目に飛び込んでくる。そのため、自分が本当は何にリラックスを感じるのかを見失っている人があまりにも多い、と松岡さんは指摘する。

「私はまず、お客様との対話の中から、ご自身でも気づいていない“心地よさの種”を見つけ出して言語化することから始めます。インテリアを使ったカウンセリングやセラピーのようだな、と自分でも思います」。

既成のカーテンを折り返してクリップで止めた間仕切り。アイデア次第で空間を上質にできる
海だけが見える窓辺には色違いのシンプルな透け感のあるカーテンを

寡黙にして饒舌

モノの背景にあるストーリーを大切にする松岡さんは、Ritzwell糸島シーサイドファクトリーへ何度も足を運んでいる。

「工場なのに隅々まで整理整頓されていて、清々しい空気が満ちていました。そして何より、職人さんたちが驚くほど丁寧に、家具を作り上げている姿に感動しました。職人さんだけではなく、Ritzwellの社員の皆さんも、普段から商品の説明をするというよりも、その家具の持つストーリーを話してくれる感じですよね」。

大量生産品とは一線を画す、妥協のない手仕事の積み重ね。それこそがRitzwellの家具が纏う独特の空気感の正体なのだと、深く理解したそうだ。そして、Ritzwellオーナーに共通した特質について、彼女はある考察を持っている。

「Ritzwellオーナーは、一様にすごく真面目で、自分自身の価値観をしっかり持っている方ばかり。他人のフィルターや、誰かの受け売りで購入される方は、私の経験上1人もいません」。

分かりやすいロゴや派手な主張はない。しかし、線の美しさ、触れたときのディテールの完成度から“本物の価値”を直感的に見抜くオーナー様が多いという。

「建築家やクリエイティブな領域でお仕事をされている方にファンが多いのも、Ritzwellが醸し出す語りすぎない美学や、構造の美を直感的に受け取っているからだと思います。家具は寡黙なようでいて、実は持ち主の価値観を饒舌に物語るのです」。

やっぱりそれがRitzwell

Ritzwellはグローバルな市場を見据え、素材のバリエーションを常にアップデートをしている。そのひとつに、ブランド初となる石材「ORIGINAL STONE」と、マットで上品な艶感のあるステンレスカラー「SILKVEIL(シルクヴェール)」を導入する。

特に、深みと華やかさを兼ね備えた「Silkveil Copper(シルクヴェール コッパー)」と「Silkveil Gold(シルクヴェール ゴールド)」の2色は、サンプルだけでは見分けがつかないほど微細なニュアンスの差にこだわっている。

ミラノ国際家具見本市(ミラノサローネ)2026で発表した、繊細で上品な輝きを放つステンレススティールの新塗装「SILKVEIL」は、固く冷たい「石」や「金属」の表情をやわらげ、空間をほどよく調和する

「優しいニュアンスのSILKVEILカラーは、パッと見では分からないとしても、それぞれの色でトータルコーディネートしたときに、確実に異なる空気感が生まれ、空間のニュアンスは確実に変わると思います。カラーバリエーションに分かりやすい色を増やすのではなく、系統が同じで繊細な2色を追加するなんて、やっぱりそれがRitzwellのこだわりですよね。そして、Ritzwellのファンの方たちは、それに共感できる人たちばかりなのだと思います」。

松岡さんがRitzwellに今後も期待するものは、その変わらない誠実さだという。世界に認知され、モダンに洗練されていったとしても、その根底にあるのは実直で丁寧な姿勢。
かつて自らカタログを持ってオフィスを訪れていた創業期と同じく、地に足のついた誠実なスタンスを、これからも守り続けてほしいという。

「昔のRitzwellは様々なテイストのデザインがありましたが、今はRitzwell“らしさ”の純度が増している。ロゴを探さなくても、線を見ただけでそれと分かる。もし次にRitzwellの椅子を迎えるとしたら、あえて意外性のあるファブリックにもチャレンジしてみたいですね。ナラ材のフレームに、ピンクの張地とか(笑)」。

スコラーシリーズで唯一残っていたこの「スコラー812」は、この取材の後、廃番が決定した。これにより多くの人々に愛されてきたスコラーシリーズは、その幕を閉じることとなった

寡黙な伴侶、スコラーに腰掛けながら、これからの展望ついて語る松岡さんの表情は、穏やかで、瑞々しい熱を帯びていた。

モノを売る時代から、心地よい「間」を紡ぐ時代へ。
彼女の新しい旗印である『NOMA』の歩みは、Ritzwellが目指し続ける“暮らしに寄り添うものづくり”の思想と、これからも深く、静かに共鳴し続けていく。

松岡さん、ありがとうございました。

NOMA 松岡直美
Interior Coordinator / Lifestyle Space Director 

NOMA(note)