ここは恵比寿にある高層マンションの一室。

この部屋にオフィスを構える川原永嗣さんは、複数のブランドのエージェントとして営業活動を行うEK agentの代表。加えて、世界的サニタリーブランド DURAVIT(デュラビット)の社員という顔も持つ。 DURAVITは住宅やラグジュアリーホテルへの納入実績が豊富なドイツの老舗ブランドだ。

空間の目指したもの

「DURAVITは従業員6000人以上の大きな企業なんですけど、日本支社であるDURAVIT Japanは3人でやっています。僕は営業部長です。営業は一人しかいませんが(笑)」。

DURAVITの代理店は日本に数社あり、受注やメンテナンス、在庫管理などは代理店が行う。DURAVIT Japanはブランド統括とPRを主な業務とし、川原さんは設計事務所やホテルなどへの営業を担当している。

壁には写真家杉本博司氏の〈海景〉。普遍性を表現したこの作品が、モノトーンで構成されたEK agentオフィスのキービジュアル

「DURAVIT Japanの社員として営業を行いながら、EK agentという自分の会社で9ブランドの営業代行をやってます。営業代行と言うよりPRに近いです。主に設計事務所向けのPRです」。

川原さんは以前から家具や美しいプロダクトが好きでコレクションをしてこられて、その集大成として何ひとつ妥協せずにこのオフィスを形作った。自分の好きな物だけを揃えたという。賃貸だが出来る範囲でリノベーションし拠点にしたのが3年前だ。


実はここ、夜には建築家やインテリアデザイナーが集う招待制のバーになるのだそうだ。

zanottaのレアーレ・テーブルは1948年にカルロ・モリーノがデザインしたヴィンテージ品

現在は家具だけではなく、工芸、アートにも興味の幅が広がり、アートギャラリーや若手アーティストのPRなども行っているという。 現在も気になる若手韓国人アーティストがいて、大きな絵画作品をオーダーしようと計画中とのこと。

国連本部のインスタレーション制作(2016年)や、G7広島サミット2023の会場施工にも携わった佐官職人、久住有生氏の作品

川原さんは以前LIXILに在籍していた。DURAVITに転職後もLIXILと同じ水廻り商品だからという理由で、ハウスメーカーやビルダーに営業をかけていた。しかし反応が薄い。商品の良さがなかなか伝わらない。そんな時期がしばらく続いたという。

「クライアントの客層が違うことに気が付いたんです。それでアプローチ先を設計事務所に変えたんです。でもなかなか代表に会えない。悩んだ挙句、とある有名設計事務所の代表の方のfacebookをフォローしたら、すぐに承認してもらえたんです。トップクラスの建築家にはDURAVITの認知度が高く、興味を持っていただけたのでしょうね。ありがとうございます!とメッセージのやりとりをしたら、再来週だったら会ってもいいよと返事をいただいたのです」。

しかし当時のDURAVIT Japanには、まだ日本語のカタログもなく、川原さんは手作りの資料を持ってその設計事務所を訪ねた。やっと日本語のカタログが出来たタイミングでボスにスタッフを集めてもらい、1時間ほどのプレゼンを行ったところ、いきなり180部屋くらいのホテルの受注ができた。そんな経験から主に設計事務所向けのセミナー形式のプレゼンテーションを始めることになる。

「最初はDURAVITだけでやってたんですけど、Facebookでセミナーのことを投稿していたら、同じくドイツの高級冷蔵庫、ワインセラーブランドのLIEBHERR(リープヘル)の関係者の目に留まり、営業代行のお声がかかったんです。それで会社の了承を得て、今のスタイルになりました。

ドイツのキッチン機器ブランドのLIEBHERR(リープヘル)のワインセラー。輸入冷蔵庫では日本で最も売れてるメーカー。JABARAとともにリビングの壁面に沿ってジャストフィット

DURAVITは2年に1度新製品を発表するそうだが、そのペースだと設計事務所との接触機会が増やせない。しかしエージェントを数社受け持てば、色んな最新の情報を複合的にまとめてセミナーを開催できる。しかもバス・トイレ・洗面と、キッチンも一緒に提案できるのは、統一感も生み出せる。

「設計事務所だとキッチンや水廻りのものを選ぶのは担当のスタッフさんだけど、決定権はボスにある。だからボスだけではなく、必ずスタッフ全員の貴重な時間をいただいてセミナー形式のプレゼンテーションを行います」。

川原さん推しの陶芸家吉田直嗣氏のオブジェ作品。フォルムの美しさを重視した日常使いの器も人気がある

JABARAで差別化できる

「Ritzwellとの出会いは5年前、建築関係者が200人ほど集まるパーティーでした。でもその時、僕も家具好きを自負していたのにRitzwellのことをほとんど知らなかったんです」。

2020年、Ritzwellは本格的に広報活動を始めたばかり。アトリエ系設計事務所やホテルなどの営業に課題を感じていた時期だった。そんなタイミングでの川原さんとの出会いだった。

川原さんも椅子の専門家100人に選ばれ寄稿した『この椅子が一番!』

「Ritzwellと出会った頃は僕もまだクライアントは3社ぐらい。高級家具ブランドの差別化は難しいかなと思ったんだけど、RitzwellにはJABARAがあった。しかもレッド・ドット・デザイン賞のベスト・オブ・ザ・ベストを受賞している。当時、日本の家具ブランドで受賞しているものはJABARAだけでした。しかもデザイナーは宮本晋作社長ご自身。世界一のデザイン賞をもらった家具を社長自らデザインしている。これは差別化できると確信しました。それで、宮本社長に、ぜひお手伝いしたいです。と直接伝え、そんな感じで始まりました」。

「JABARAは素晴らしい。もう工芸品と言っていい。引き戸の動きはスムーズだし、障子や襖のような抵抗感と音がして、五感を刺激する。ここに引っ越すことになった時、まずJABARAを置くことを最初に決めました。宮本社長にここにおすすめのサイズを伺って、それがぎりぎり入って良かった(笑)」。

引き出しの中まで整ったJABARA。実用の美が具現化している
ポール・ケアホルムデザインの名作PK0もブラック

JABARAを手に入れて良かったことのもう1つに、アートとの相性の良さを川原さんは挙げる。現代アートと工芸の垣根がなくなってきた現代だからこそ、工芸品に近い家具はよりアートとの親和性が高い。

川原さんには“好きなものしか置かない、仕事でも扱わない”というポリシーがある。
自分が惚れ込んだものだけを人に勧めたい。その審美眼がクライアントからの信頼感に繋がるのだ。

しかし50歳を過ぎた今だからこそ、そんな働き方が出来るようになったと川原さんはいう。元々総合建材メーカー最大手のLIXILに在籍し、合併前のサンウェーブ時代にはトップセールスになり30代で営業所長まで登り詰めた。

「合併後には日本人の営業責任者として海外赴任も経験しましたが、あまりに多忙な日々が続き、一旦立ち止まって自分の今後の生き方について考え始めました。ちょうどそのころ、希望退職募集がはじまって環境をかえることにしました」。

しかし44歳での転職活動は甘くなかった。大企業での実績があっても、年収と希望の業務内容が釣り合わない。最終的にDURAVITに入った理由は、世界のトップメーカーだったこともあったが、ボスが自分を必要と感じてくれて、面接では最初から最後まで“うちは楽しいよ”と熱心に誘ってくれたからだ。

ソファにブラックレザーのPLAZA(プラザ)を選んだ理由は、コンパクトで飽きがこないシンプルさが気に入ったから

人と人との繋がりを

「僕は人見知りだけど、人と人を繋ぐことが好き。口が達者だから売れる営業マンになれるかと言えば、そんなことは決してなくて、真面目にしっかり信頼関係を築かなければ、とても高額商品は売れない。僕は社交的な方ではないけれど、この人と仲良くなりたいと思ったら親密な関係をつくることはすごく得意です。コーチングや心理学を学んで、さらに自分の強みが分かりました」。

若い頃は仕事優先の日々を送りながら、十分な生活ができる収入を望んでいた川原さん。でも使う暇がないぐらい忙しかったら、何のために仕事しているのか分からない。一度リセットして、好きなことを楽しみながら、気づけば仕事の成果になっていた、となれば理想だと思ったそうだ。そして、自分を必要としてくれる人と、より深く付き合うことの大切さを知った。

「初見の設計事務所でRitzwellを知ってる人はまだまだ多くはなく、知ってる人もいるけれど昔のRitzwellのイメージのままだったりします。ブランディングに力を入れ始めたのが、社長交代した2018年以降ということもあり、それ以前にRitzwellを知る人のブランドイメージを更新させることも僕の役割です」。

Ritzwellはもともと、広告やPR活動はほとんど行っていなかった。知る人ぞ知るというポジションで成長してきたブランドだった。

川原さんはRitzwellの家具を提案する時は、クライアント側に必要な商品をピンポイントで絞り込んで勧めるケースが多い。とある外資系ラグジュアリーホテルの客室すべてにBEATRIXを納入できた実績はRitzwell社内でもどよめきが起こった。

「他のものは造作家具なのになぜかBEATRIXが納入されたことは、予算バランスを考慮すると通常違和感があることです。それは設計事務所のボスや担当者がBEATRIXの良さに納得できていて、守ってくれたことに他なりません」。

天板裏には軽やかな膨らみを持つサイドテーブルのOS TABLE。色はマットブラック

「宮本社長に“どうしてわざわざコストをかけてOS TABLEの天板の裏側にアールを付けたのですか?”ってお尋ねしたら、“寝転んで下から眺めることもあるかもしれないでしょ”とおっしゃいました。その時はそんなことあるかなぁと思いましたが、今は下から眺めるために寝転んだりしていますから」。

見えない部分にまで徹底してこだわることこそ、Ritzwellのものづくりの精神である。日々の生活のなかで、ふとした瞬間に気づくこともあれば、もしかすると永く気づかれないままかもしれない。しかし、そうしたところにこそ、美しさの本質が宿ると考えている。

Ritzwellに期待することは?

「期待というか、変わらないで欲しいです。決して大きな会社でも大きなブランドでもないけれど、すごく実直で真面目で、Ritzwellらしさを色んな所に感じています。少数精鋭で営業から職人まで、個々人がブランドの使命を自分の言葉で語ることができる。事業を拡大したり会社を大きくすると、それまでの良さが崩れるリスクはよくあると思うのです。決して守りに入る必要はないけれど、これからもRitzwellらしさを育んでほしいですね」。

「Ritzwellのショールームに建築家やインテリアデザイナーをお連れすると、本質的なものの良さをわかってる人ほど気に入ってくれる。知名度やブランド名だけで選ばない人、デザインとクオリティのバランスを分かってる人ほど、この値段は安いって口を揃えて言われますね。だから造作家具もデザインする建築家さんなどは、このクオリティでこの値段だったら、造作で作る意味ないって(笑)」。

川原さんは仕事をより楽しむため、アートとグルメを積極的に取り入れる。アートを通じて新たな出会いが生まれ、そこから仕事につながることもあれば、美味しいものを囲む時間が新たな信頼関係を築くきっかけになることもあるという。毎月どこかしら地方へ出張し、全国のクライアントを訪ねながら、気になるお店を巡ったり、時間があれば美術館にも立ち寄ったり。そんなふうに仕事と趣味が自然に混ざり合うライフスタイルを、今は楽しんでいるそうだ。

川原さんのこれからやりたいこととは?

「若いアーティストとギャラリストの推し活です。個人的にただコレクションするだけではなく、せっかくここに一流の建築家やインテリアデザイナーがいらっしゃる訳だから、私の審美眼に叶う作家の作品を見てもらって、気に入ってもらえたら、作家さんの活動も広がるし、どこかで使ってもらえるといいなと。ここはそういう繋がりが生まれる場所にしたいです」。

モノと人、人と人とを前向きに結びつける川原さん。これからは、生活のためではなく、楽しむために仕事をするフェーズに入っている。
Ritzwellにとって欠かせぬ心強いパートナーとして、これからも力をお貸しいただきたい。

EK agent 株式会社 代表取締役
川原永嗣

福岡県久留米市生まれ。
前職のキッチンメーカーのサンウェーブ工業(現LIXIL)では営業マン、営業所長、ショールーム所長全てで全国トップになる。LIXILに合併後は中国の上海や青島に海外赴任後、デュラビット ・ジャパンに転職。建築家、インテリアデザイナー、ホテル関係者などの人脈を活かし営業代行業のEK agent 株式会社を設立。現在はリッツウェル、大蔵山スタジオ、リープヘル、ルートロンなどインテリアを中心にアートや伝統工芸まで幅広く展開している。

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