『喧騒、忘却。』

これは廻(KAI)のテーマであり、その目的。

“行方知れずの時間とともに、日常を忘れる行為”へと誘う場所。

廻は福岡市中央区にある会員制の喫茶店。こだわりの珈琲と茶菓子を提供するが、喫茶店と呼ぶには重厚な静謐さで満たされた、非日常を求める大人の隠れ家だ。

エスコートするのは土田泰之さん。

廻は福岡のIT企業の一事業部として2021年の6月にオープンした。だがこの場所には利益よりも優先したいものがあった。

理想の隠れ家

「自分たちらしく誇りを持てる場所。自らが利用したいと思える場所を作ってみたいというのが、廻を作った理由でした」。

運営する株式会社solはデジタルマーケティングの会社。既成概念に風穴をあけて、新しい世界を創造することにビジョンを持ち、珈琲好きのメンバーが事業化に取り掛かった。そこで東京の五つ星ホテルでスタッフ経験がある土田さんに白羽の矢が立った訳だ。

「ゆくゆくはまた飲食業界で事業をやりたいと考えていた私に、“珈琲で新しい価値を提供できる場所を作って欲しい”という、抽象的なオーダーをもらったんです(笑)」。

プロデュースを任された土田さんに理想の店舗イメージはあれど、相談できる建築デザイン関係の知り合いもなく、webでデザイン会社の実績を検索する日々がしばらく続いた。 そうしてたどり着いたのが、福岡と下関に拠点を置くritaya(リタヤ)デザイン。建築デザインからロゴ、パッケージ、web、ブランディングまで、総合的にプロデュースするデザイン会社だ。

「自分の琴線に触れるような施工事例が多かったんです。私が実現したいデザインイメージを伝えて、ritayaデザインと一緒に伴走してもらって形にしていった感じです。“喧騒、忘却。”という言葉は、私がお風呂に入っていた時に降ってきました。屋号も自分で決めさせてもらいました」。

エントランスから“コ”の字にめぐる通路を抜けて喫茶室にたどり着く。しかも一度降りて再度登る立体的な動線は、まるで生まれ変わるような産道のよう
喫茶室の入口にはオブジェが鎮座。格子の引き戸を開けば日常の喧騒が遠のいてゆく

喫茶室、図書室、個室というプランも、土田さんとritayaデザインがイメージを擦り合わせながら形にしていった。そして特徴的なエントランスから続く長い通路のアイデアが生まれた。

「大人の隠れ家というキーワードから出発しまして、ritayaさんが、“じゃあ入口からお客様をぐるっと回らせちゃいましょうか?”みたいな話になったんです。結果30坪のスペースに17席。通常だったら40席は入るスペースです」。

喫茶室から図書室を望む
珈琲関連から美術書、経済の本まで、土田さんセレクトの書籍が並ぶライブラリー。珈琲を傍にBLAVAイージーチェアに身を委ねて読書に耽るのも良い
書架の階段を登り再度降りてゆくとたどり着く個室は、廻の深層部
RIVAGE イージーチェアとIBIZA FORTEリビングテーブルが備わる個室。籠り感抜群の落ち着ける空間

豊かなひとときのために

自分が置かれた場所。時間の流れ。ひと時それらを忘れられること。

それが廻という場所に与えられた役割だ。

「仕事や家庭で日々忙しくされている方も、この空間ではしばし日常を忘れて、ご自身の時間を取り戻していただきたい。もしくは私を通して、この空間を通して、少しでも心豊かになっていただけるような時間を提供できたらと思っています」。

そしてritayaデザインとの設計から、設置する家具選びへのフェーズへと進む。どういう流れでRitzwellの家具と出会ったのだろうか。

「ritayaの方と一緒に家具を色々見に行きましたが、なかなかしっくりくるものがない。そんな時、Ritzwellのカタログを拝見して、早速福岡ショールームに伺いました。座ってみて触れてみて、キタ!と思いました。デザイン性と機能性が融合したデザイン。メイドイン福岡というストーリーも良い。糸島シーサイドファクトリーでの職人さん達の姿も素敵だなと思いました」。

土田さんは、それまで家具に特別なこだわりを持っていなかった。 しかし、念願のお店づくりにあたっては、コンセプトに照らし合わせながら家具を選ぶという、初めての経験をした。

「それまで私はふかふかな座り心地が、良い椅子だと思っていたんです。でも長時間ゆっくりとくつろぐためには、ほどよい弾性も必要なのだとRitzwellのスタッフさんに教えていただいたんです。工事も進んでいたのでカウンターの高さにピタッと合う椅子を探すのが大変でした。RitzwellのCLAUDEに出会うまでは、ちょっと胃が痛くなるぐらい悩んでいました(笑)」。

土田さんがカウンター席に求めた条件は肘掛けがあること。そして空間に調和するすっきりしたデザインであることだった。

「肘掛けはマストな条件で、肘をついて珈琲を飲みながらもの想いにふけったりするのは、とても豊かな時間だと思うのです。長時間座っても疲れないことも重要でした」。

11脚のCLAUDEは黒い喫茶室に溶け込むように佇み、シュッとしたスタイルが程よい緊張感を醸し出す。

「良い椅子ですよね」。

カウンターを取り囲むCLAUDEを見つめながら、土田さんはしみじみと呟いた。

介在すること

オープンから4年、最近では会員様同士の交流も生まれ始めているという。土田さんは仕事の相談やアイデアを求める会員様の間を取り持つこともあり、実際事業につながったケースもあるという。

「プライベートな悩みを打ち明けられたりもしますが、こういうことやりたいんだけどアイデア持っている人いないかな?とご相談を受けたり、会員様同士のマッチングのような、繋がりの場になっています。または顔見知りの会員様同士が、ここで相談に乗ってあげていたり。それが目的ではないんですけど、自然な感じで会員様に廻の新たな価値を提供でき始めているんじゃないかなという実感はあります」。

土田さんはかつて経験したホテルのレストランでの接客との違いを、コミュニケーションの深度だという。ホテル時代にはむしろそこまで踏み込んだコミュニケーションは必要なかった。

「私自身一番大きく変化したのは学ぶ姿勢です。会員様と対等に会話を成立させ私自身も楽しみたいので、ビジネスに限らず広い知識や教養を持つ必要性を感じています。ホテル時代との違いはそこでしょうか。廻にいらっしゃる会員様はひとりの時間を求めている方から、何かしらの課題というか悩みがある方も多いので、私に何ができるか、どういう価値を提供できるかということを常に考えています」。

「廻を始めたおかげで学ぶことが楽しくなり、出会える方々に日々感謝しています」

カウンターの下にはコンセントも備えられており、時にはパソコンを開いてコワーキングスペース的な使い方や、個室でzoom会議など、会員様によって使い方も様々だそうだ。もちろん静かにひとり時間を楽しむことが前提にある。

「最長9時間ぐらいいらっしゃった会員様もいらっしゃいます(笑)。それからこの雰囲気ですので、お酒を楽しめた方がいいよねという声をいただいて、そんなに種類は多くないんですけどアルコール類の提供も始め、珈琲カクテルの開発やソムリエの資格も取得しサービスの幅が広がりました。それも廻と会員様のおかげです」。

廻は定額制の会費で月に何度でも利用でき、コーヒーやソフトドリンク、デザートを提供している。営業時間内であれば要相談で貸し切りでの利用も可能。これまでにビジネス系のイベントやオンラインサロンのオフ会などが開催された。

「この場所の色々な使われ方を会員様から教えてもらうような感じがしています。だからこそ安心してご利用いただける空間作りも大切な仕事だと思っています。この空間が引き寄せる出会い、ご縁を大切にされている方が、最近すごく増えてきたように感じます。私もそこに介在させていただけてすごく嬉しいというか、そういう方々が集まりたくなるような場所にすることが目標です」。

建築、インテリア好きな方に興味を持っていただけることも増え、自分の時間を大切にされる、ベクトルが近い人々を引き寄せる魅力が廻にはある。2席ほどのスペースを使ってオブジェを置き、時間を忘れて読書に浸れる図書室など、喫茶店と呼ぶには確かに異質だ。

幸せの連鎖。エネルギーの循環

ritayaデザインは廻をフェイクではなく本物の素材で構成しているため、土田さんは自信を持ってお店に立つことができる
鉄・ガラス・石。自然素材で形作られた空間。照明効果も相まって非日常感で満たされる
 

現在、廻とRitzwellとのコラボレーションとして、糸島シーサイドファクトリーを訪れたお客様を廻へご案内する見学コースがある。静謐な空間の中でリアルなショールームの役目も果たしていただいている。

「廻は基本的に会員制で新規は紹介のみですが、もう少しお客様との関わりを増やしたいと思っていたタイミングで、Ritzwellとの協力体制ができました。新たな会員様との輪も広がりましたし、Ritzwellのスタッフさんがご家族とお越しになったり、ありがたいです。それにRitzwellの職人さん達との会話には、飾りのない言葉で、ものづくりへの熱意が込められていていつも感動します」。

Ritzwellにとっても取引先とはビジネスな話で終始することが多かったが、廻に来るとなぜだかプライベートな話題にも発展し、親睦を深められることが多い。きっとこの空間がコミュニケーションの質に良い影響を与えているのだろう。

「お客様からは、仕事・趣味・育児の話はもちろん、ときには誰にも言えない悩みを打ち明けていただくこともあります。それぞれの時間が“明日も頑張ろう”のエネルギーに変わることを願い、でしゃばりすぎず、静かに寄り添うような関わり方を心がけています。そして何より、お客様が喜んでくださる瞬間が、一番ワクワクします」。

土田さんは、“幸せの連鎖”という言葉を心に置きながら、日々の学びや成長を自然なかたちでお客様へ還元していくことを大切に、そんな循環をこの場所に育て続けたいという。

立ち昇る蒸気と珈琲の香りは心を落ち着かせ、五感を刺激する

いつもオープン前に1杯淹れるという土田さん。自分のためでもあり、空間を珈琲の香りで満たし、会員様を迎え入れる準備として。

今後Ritzwellに期待することは?

「日本を代表する家具ブランドとして、世界に羽ばたいていただきたいですね。もうなっていると思いますけど(笑)。これからもさらに。廻はRitzwellの家具を使っているんですね、納得!って言ってもらえたら、私も鼻高々です」。

美意識と感性が高い方々の目に触れることで、家具の価値が益々高まり、改めて誠実な家具づくりを行わなければという気持ちになる。

『泰然の向こうに、清廉を見る。』

堂々とした佇まいの奥に、澄みきった心を宿す。

これは廻の目指すテーマだ。

人生の数だけ物語があり、家具の数だけ記憶がある。
オーナー様それぞれのストーリーに息づく想いを紐解き、共に味わう。
今回もそんな静けさと感謝に満ちた時間となった。

土田さんありがとうございました。

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