閑静な住宅街に佇む静謐な絵画のような家。窓が無い漆喰塗りの外壁。勾配のゆるい屋根は平屋ということも相まって建物を低く見せる。街のコモンスペースのような深い軒は、軒天まで漆喰仕上げと手が込んでいる。住宅というよりギャラリーか隠れ家レストランにさえ思える。福岡県筑紫野市にあるY様邸はそんな瀟洒な住まい。Ritzwellの家具と暮らし始めて11年のオーナー様だ。

自分たちのギャラリー

高い壁に囲まれた中庭を持つY様邸。その中庭を中心に回廊のように居室がつながる間取り。外から想像するより開放的で明るい

奥様:「ここは以前主人の実家があった場所なんです。築54年経っていてリノベーションは難しく、私たちの感性に合う終の住処に建て替えることしました。それが2013年の冬でした」。

Y様の奥様の趣味は器やオブジェなどのアート作品の収集。20代から少しずつ自分の感性に響くものを集めてきたのだという。家づくりに関しても、何より自分たちの感性を養う住まいにしたくて、長年通っていたギャラリーで知り合った、同じ趣味を持つコーディネーターの岩崎ゆうこさんに相談した。そして岩崎さんから建築家の高木正三郎さんを紹介されたそうだ。

奥様が20代の頃から少しずつ集めてこられたアートピース。Y様邸の設計にも
深く関係した
北光線が柔らかい和室も漆喰仕上げ。ミニマルだからオブジェも映える

奥様:「岩崎さんは私の好みをよくご存じだったし、高木さんにも私がどういう物をコレクションしているのか把握してもらった上で、岩崎さんがインテリアと照明計画を担当し、作品を自然に置くような感じで設計していただきました」。

出逢いの連鎖は必然だった。ご夫妻が大切にされてきた感性や暮らしのリズム。生活に彩りと豊かさを与える器やアート作品を日常に取り込む設計。アプローチから段差なく室内まで続く動線は、ご両親の介護経験から得たY様ご夫婦唯一の要望だった。それらを自然なかたちで空間に溶け込ませてデザインされている。

奥様:「自分たちの年齢も上がっていきますから、これからはよりシンプルに、穏やかに過ごしたくて。だから中庭に開くプライベートな平屋のプランを選んでお願いしました」。

Y様邸の内外の壁はすべて左官仕事。サイディングもビニールクロスも一切使われていない。Y様ご夫婦も中庭の赤土塗りの左官工事にも参加されて、良い思い出になったそうだ。

プライバシーが確保された赤土壁が印象的な中庭。隣家も見えないので自分たちの空間として楽しめる
基礎から迫り出した部分の床にある換気口から通気する仕掛け。“高床式住居”の要素をデザインに取り入れた設計思想だという。6月ぐらいまではエアコンも必要なく快適に過ごせているそうだ

奥様:「この家は春夏秋冬、昼も夜も、その時々の表情を見せてくれます。スーパームーンの時などは電気を全部消して、月の明かりを楽しんでます。室内に差し込む月光がとても綺麗で感動しました。マンション住まいのままだったら、経験できなかったことでしょうね」。

廊下に設けた長いニッチは圧迫感を軽減し、住まい手自身が変化をつくる余白となす

家とともに経年を味わう

ダイニングに置かれたRitzwellのFV TABLEとMARCEL(マルセル)チェア。新築とともに導入されたものだ。

奥様:「Ritzwellとの出会いも岩崎さんがきっかけです。岩崎さんが過去に手掛けられたマンションリノベーションのオーナー様が、岩崎さんの提案でRitzwellのダイニングテーブルとソファを導入し、とても気に入られたということで、ぜひ私たちの新居にもと勧めていただきました」。

Y様ご夫婦は岩崎さんと一緒に博多区板付のショールームを訪れた。


旦那様:「マルセルの座り心地にとても惹かれました。以前は北欧系の家具を使ってましたが、全然違うねって。一目見て決めました。家の設計と同時進行でしたので、岩崎さんのおかげもあり、素敵にコーディネートしていただきました。ソファにはオットマンも欲しかったんですけど、スペース的に厳しいからその時は諦めました(笑)」。

奥様:「ショールームでは新居の空間に合わせたサイズ感の確認をしながら決めていきました。二人暮らしなのに私がこれより大きいサイズのテーブルを希望したら、岩崎さんは、“空間には余白も必要です。ソファとの距離や人が移動するスペースも考えましょう”って(笑)。アートやオブジェだって作品が映える余白や間が必要ですからね」。

MARCEL(マルセル)の発売は2014年。
Y様は発売後すぐに採用していただいたことになる。中庭に背を向けた3脚は日焼けを防ぐため定期的に入れ替えられている。11年の歴史を刻んだチェアの表情は、もう一人の住人のようだ。

奥様:「マルセルは長く座っても全然疲れないんですよ。ほんとに。食事の時だけじゃなく、時には徹夜でパソコンに向かったこともありましたが、ずっと座りっぱなしでも全然疲れなかったんです。すごく助かりました」。

旦那様:「新品の時にはない魅力が増していくので今後も楽しみです。永く使っていきたいので、今後も定期的にメンテナンスを実践したいですね」。

奥様:「テーブルも椅子もオイル仕上げを選んだので、自然な艶があって。ピカピカじゃなくていいんです。傷も含めて味になっていく気がします。同じ椅子だけが日焼けしすぎないようにローテーションしたり、私も主人も真ん中の席で向かい合うのが定位置なんですが、ずっと同じ椅子ばかり使わないようにローテーションしています」。

Y様邸のFV TABLEとMARCEL(マルセル)は、先立って訪問オイルメンテナンスサービス(九州キャンペーン)でメンテナンスを受けたばかり。この日はその時にご依頼いただいた脚先のプラパートの打ち込み作業を行った。

取り付けられたMARCELのプラパート。脚先に打ち込み床面を保護する

生活を彩るアートピース

Y様邸はまるで“生活できるアートギャラリー”だ。選び抜かれた器、オブジェ、アート作品が空間にリズムを与え、日常に彩りを添えている。器は飾って鑑賞しながら普段使いもする。しかし問題なのは、手仕事ゆえ“重ねられない器”が意外と多いことだ。

奥様:「機能性よりも芸術性を優先していることもあり、いろんな形や大きさの器があり、高台もゴツゴツガサガサしていたりで、キッチン収納も引き出し式よりも、昔ながらの観音開きの収納棚の方が、重ねられない器の収納には向いています」。

佐藤 敏さんの作品である酒器は実際に使うこともある。使ってこそさらに芸術性を享受できる
束ねられた紙を高温で一気に焼いたオブジェ。西村陽平さんの“物質の変容”をテーマにしたミニマルでコンセプチュアルな作品だ

奥様が20代の頃から集めてきた器やオブジェ。その中にはパリにあるポンピドゥー・センターに作品を所蔵される作家のものもある。
親類が集まった時、甥っ子姪っ子たちも自然と器に触れ、好みを語るようになったという。

奥様:「感性を育む環境って幼い頃には特に大切ですね。姪っ子にも器が大好きな子がいて、私が色んな器に料理を出すと、“私はこれが一番大好き!”と言ってくれます。慣れ親しむとちゃんと好みが出てくるんです。私がそうしてもらったように、幼い時から感性を養うものたちに触れさせたいと思っています。私も妹も器やアートに興味を持ったのは母の影響だねと、よく話しています」。

Y様邸では、食器やオブジェは単なる道具ではない。感性を養い心に余白をつくる存在なのだ。Ritzwellの家具もその一員になっているのであれば光栄だ。

感性に響くものだけを

中庭を中心に家のどこにいても気配が穏やかに届き、心地よい空間がぐるりと巡るY様邸。ご夫婦は非日常的な贅沢な空間を楽しみながら日常を過ごされている。それは建築家とコーディネーター、そしてY様ご夫婦の感性が共鳴し合って形づくられたからに他ならない。

奥様:「普段はふたりでお酒を楽しむための料理しか作ってないんですけど、でも器と盛りつけにはちゃんとこだわってます」。

旦那様:「住環境は静かでプライバシーも確保されていて、気を使わずリラックスできます。自分の部屋というものはありませんけど(笑)」。

年始には親戚が集まり、甥や姪の子供達がソファの上を飛び跳ねる。そんな無邪気な光景が、むしろこの家の完成度を物語っている。

写真写りも心得たのどかちゃんだが、普段は家中を走り回る暴れん坊

旦那様:「犬もいますけど、気持ち良すぎて走り回っちゃうんですよ。来客時はお利口にしてるんですが(笑)」。

“自分の感性に響くものだけを選ぶ”。
その指針がY様邸のすべてをかたちづくっていた。家具も器も光も風も、すべてが心の延長線にある。

Ritzwellの家具たちも、アートピースのひとつとなり、空間に溶け込んでいるようだった。これからも10年、20年と、Y様ご夫婦と共に時を刻み、
さらに家族の表情をまとっていって欲しい。

Y様ありがとうございました。

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