原点への歩|三陽山長 CASE #010

友二郎、勘三郎、源四郎、友之介…。これは紳士靴のモデル名だ。
日本人に合うジャパンメイドの高級紳士靴ブランド『三陽山長』。品番の代わりに付けられたニックネームはどこか男前だ。
三陽山長がつくりたいもの、それは“美しい日本人の立ち姿”。欧米に負けない本格紳士靴を、日本人のものづくりの真髄で具現化する。
三陽山長の前身は伝説のシューズプロデューサー長嶋 正樹氏が創設メンバーでもある『山長印本舗』。2001年に総合アパレルメーカー三陽商会がJoinする形でリスタートを切り、オリジナルのLAST(木型)に改良を重ねながら進化してきた。
2023年3月、東京ミッドタウン八重洲に三陽山長5店舗目の直営店がオープンした。Ritzwellのイージーチェアを導入いただいたと聞き、事業本部の猿渡 伸平さんを訪ねた。
「三陽山長のすべてのモデルの原点となったのが、ストレートチップの友二郎です。友二郎、Uチップの勘三郎、ダブルモンクの源四郎、チャッカブーツの長伍郎。外羽根プレーントゥの重次郎(現在は休止モデル)。20年前、この5つでブランドがスタートしました」。

日本人のためのLASTの追求と、欧米の靴に負けない素材選び。その原点が凝縮された友二郎はシーンを選ばぬ定番モデルとして、上質さを求めるお客様の支持を集めてきた。それ以来、三陽山長は日本人に最良の紳士靴を一途に追い求めている。それにしてもユニークなネーミングだ。
「創業メンバーに友二郎さんという方がいまして、“トモジロウ”って語呂がいいよねということで、品番の代わりの“襲名”が始まりました。数字よりも漢字の名前が付いていると愛着が持てますよね。今では皆さんに“名指し”で、ご指名していただいています。“ちょっと友二郎を履かせてもらえますか”とか(笑)。親近感を持ってご来店されるので、続けてきて良かったなと思います。うちのMD(マーチャンダイザー)が名前を考えているんですけど、“もう苦しい。もう無い、どうしよう”って言っています(笑)」。
今では現行のLAST木型を基本とし、アッパー・ソールの素材・仕様などをセレクトし、50を超えるモデルで展開。中でもグッドイヤーウェルト製法を採用するドレスシューズは、三陽山長の主力商品。
グッドイヤーウェルト製法とは、アッパーとアウトソールを直接縫い合わせずリブを介するので、アウトソールの交換が複数回可能。適時メンテナンスを行えば長年の使用にも耐えうる設計なのだ。

「グッドイヤーウェルト製法はすごく手間の掛かる製法なんですけれど、履き込むほどに足の形にフィットしていき、アウトソールとアッパーを直接縫い合わせないから雨水も侵入しにくい。僕もこのブランドが立ち上がった時に買った20年前の靴をまだ履いていますよ。バリバリ現役選手です。この製法だとオールソールすることもできますし、パーツが細かく分かれているので、比較的リーズナブルに修理して履き続けることが出来ます。エコと言うかSDGsと言うか、僕はグッドイヤーウェルト製法の靴を捨てたことがありません(笑)」。

猿渡さんのUSEDを他のスタッフが引き継いで履いたりしているそうだ。
「うちのメンバーもスニーカーよりグッドイヤーウェルト製法の靴を履いていた方が疲れないと言うんです。私もそう思います」。

“こだわり”は受け入れられてこそ
「ストレートチップは冠婚葬祭を含めて、スーツの時には一番合わせやすく基本の一足になると思います。コロナ禍を経て出社しない人や、スーツを着ない方も増えました。国内も海外のブランドも、みんなスニーカーとかカジュアルなものを推すようになりました。うちもドレススニーカーやカジュアルなシューズも扱っていますが、でもうちのブランドの強みってなんだろう?と考えたら、やっぱりドレスシューズなんですよ。長男であるストレートチップの友二郎、これが強みだよね。みんながスニーカーを打ち出すのであれば、うちはストレートチップでいこうよって、ずーっとストレートチップを訴求していたんです。それで強みとしてさらに認知されるようになったと思われます。こだわりと強みは違うと思うんですけど、こだわりが伝わったら、受け入れられたら、それが強みになるんですね。ブレなくて良かったなと思います」。
確かにデザインに普遍性があり、流行り廃りとは関係ない時間軸に存在する友二郎は、三陽山長のマスターピース。ブランドを牽引する双璧であるUチップの勘三郎などにも匠の技が光る。

匠と極の通常モデルの違いとは?
「良いですか?しゃべって(笑)。このアウトソールのコバ(革の断面)を見てください。こちらがヒラコバと言って、通常の真っ直ぐに仕上げているもの。極は前から見ていただくと分かるのですが、“ヤハズ仕立て”という、弓矢の矢を引いた形状(『く』の字型)になっています。これにより靴全体をシャープに見せることができ、よりエレガントに仕上がります。これもすごく手間がかかります。ガラスの断面で磨いたりして」。

Ritzwellの厚革のコバもガラスで磨く。この場にRitzwellの職人たちがいればきっと会話も弾むだろう。
『匠』シリーズでは土踏まず周りをより絞り込み、抑揚をつけて仕上げられる“セミべヴェルドウエスト仕立て”を採用。これによって靴全体にグラマラスな曲線美が強調される。
「しっかり履きこなしてもらったらリペアも承ります。リペアはお客様の靴を作った工場でお直しします。HPのリペアのページにはビフォーアフターも載せてますので、ぜひご覧ください。新品にはない良い味が出るんですよ。それこそ家具と似ているというか、同じじゃないですかね、育てるという意識は」。
ショップデザインのコンセプトは“日本の美”

「Ritzwellの椅子は店舗設計のデザイナーの方に紹介して頂きました。私は犬の散歩でRitzwellの表参道店の前をよく通っていたので存在は知っていましたけど、てっきり海外のメーカーだと思ってました(笑)。扱っていらっしゃる革の種類も豊富で、店内に職人さんが作業している工房があるじゃないですか。なんだかうちと合い通じるものを感じました。Ritzwellの椅子を選んだ理由は、心地良さと程よい緊張感のためです。靴だけではなく、椅子の座り心地まで特別なものにして、それをお店全体で表現したかった。靴選び、シューズオーダーって非日常なことだと思うんです。覚悟を決めて、靴を買いに来た時の緊張感。それもすごく大切にしたいんです。試着する時はある程度腰が沈んだ方が良いので高さも吟味しました。力を入れて靴を履くので肘掛けの長さも重要です。そして立ち上がった時に、あっ履き心地いいね、となる。そういうストーリーです(笑)。セレクトした椅子はリヴァージュとルボー。リヴァージュの手すりの触り心地、格別ですよね。お客さんもよく触っていらっしゃいます。あ、そうそう、家具屋さんを回った後ここにおいでになったお客様がリヴァージュにお座りになり、“この椅子が良いんじゃない?”とご夫婦でお話になっていらっしゃったので、Ritzwellをご紹介させていただきましたよ(笑)」。
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RIVAGE(リヴァージュ)も仕様の追加やブラッシュアップを繰り返している人気シリーズ。日本古来の美意識を細部にまでこだわって造形した椅子だけに、三陽山長の靴づくりに通じるものがある。三陽山長の定番商品はどのように進化をしているのだろうか。
「友二郎から始まったLAST木型も現在10パターンを超え、これまで数万足におよぶ靴づくりで培った日本人の足のノウハウを、余すところなく反映させ続けています。若い人の足型もずいぶん変化していますから。LAST木型は常にアップデートしていきます。ものづくりを進化させるのと同時に、商いを続けていくことも重要だと考えています。例えば僕らと同じ製法で作っているブランドさんもたくさんありますが、うちの半値くらいで販売されていて、それで続けることができるのかと思っちゃいます。原価高騰や後継ぎ問題もあります。業界全体が痩せて行かないように、私たちメーカーの責任は続けることです。良いものを修理しながら使い続けようと思っていても、メーカーが潰れたら最悪でしょ。だからこそ、僕らがこだわったお店を作って、価格とのバランスと心地良さ、コストと手間をちゃんと価格に反映させる。それも大切なブランディングだと思うんです」。
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数値に表せない心地良さ
コロナ禍でお客様の見る目が厳しくなったと話す猿渡さん。今はネットにも情報が溢れていて、商品に触れずに気軽に買い物もできる。まさにリアル店舗の存在が問われる時代だ。三陽山長が店舗に求めるものとはなんだろうか?
「心地良さを感じて頂き、あのお店にまた行きたいなぁと思えるお店が理想です。あえて言うなら“数値に表せない心地良さ”を求めています。なぜなら、一部の靴マニアの店としてではなく、一般のお客様にも認知していただきたいからです。この東京ミッドタウン八重洲は東京駅にも近く、国内外の多くの人に見て触れてもらえる、存在を知ってもらえる場所です。女性客も多い東京ミッドタウン日比谷店。じっくり話ができる日本橋店など、近いところに3店舗ありますが、それぞれ役割もコンセプトも少しずつ違います」。
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三陽商会には靴以上の歴史を持つコート専業ブランド『サンヨーコート』がある。“伝統と革新・日本製・こだわりの品質”をキーワードに自社工場で作られている。
「コートって丈が長いのでまっすぐ縫い上げるのは結構難しいですが、うちはズレを計算しパターンで調整したり、コートの顔は前見の襟元なので、通常襟元の方から縫い始めるのですが、うちは下から縫います。それでも美しい立体感が出るように、全体が整うように工程にもこだわっています。特徴的なのがボタン付けで、7回くらい糸を巻いて立たせます。つけやすさと外しやすさのためです。ボタンだけで三陽コートだと分かるくらいなんですよ」。

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Ritzwellとのコラボレーション?!
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「うちのお客様には靴磨きが趣味の方も多いです。靴が好きな人って、ソファとか車とかも大好きだし、時計にもこだわる方が多い。俯瞰して見られるからだと思います。眺めるだけでも幸せ(笑)。実は以前、靴を6足置けるシューズセラーを企画したんです。玄関ではなくて書斎に置くようなケースです。1週間履く靴を週末に磨いて仕上げる。それってすごく優雅な時間なんです。来週の仕事の予定や着る服のことを考えながら、靴を磨く。気持ちも整うじゃないですか。そういう時間がより幸せになるんだろうなという想いで作りましたが、1個も受注がなかったんです(笑)。猿渡何やってんだ!って(笑)。でもRitzwelIさんとなら何か良いものができそうな気がします。家具と靴のコラボレーション、良いものができそうな気がするんですよね〜」。
確かにこれまでのインタビューでも靴や車にこだわりを持ったオーナー様は少なくなかった。家具と靴のコラボレーション、ブランドの横断から生まれるシナジー効果には興味深いものがある。猿渡さんからのラブコールは純粋に嬉しい。
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「三陽山長は西日本は名古屋まで展開していますが、次は大阪、いずれ福岡にも出店したいです。今も半年に1回は福岡の岩田屋さんでオーダー会をやっています。楽しみにしていただいてるファンの方も多いんですよ。次は12月です。その時はぜひ糸島シーサイドファクトリーも見学させてください!Ritzwellの職人さんたちとも交流してみたいので」。
類は友を呼ぶ。今回のインタビューで感じたキーワードだ。
ブランドとは伝統と実績が絶え間ない努力により積み重なり出来上がっていると思うのだが、それを維持するには時代を読み取り、進化し続けなければブランドの発展はない。その考えに共感できる“盟友”に出会えた気がするから。
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三陽山長が“美しい日本人の立ち姿”を作るのならば、Ritzwellは“美しい座り姿”か。
日本のものづくりの価値を上げ、世界へ立ち向かう一歩は、ものづくりの原点へ向かう歩みでもある。
三陽山長
〒103-0028
東京都中央区八重洲2番1号
東京ミッドタウン八重洲1階
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